堕天使のデトックスノート

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エホバの証人の輸血拒否の教理への反論②「輸血後合併症」

 

エホバの証人が輸血を拒否する医療上の根拠としてよく取り上げるのが「輸血に伴う合併症を避けられる」という点です。

しかしエホバの証人の出版物を読んでも、参考文献や統計は示されていないことがほとんどです。

ではここ日本において、輸血による合併症は果たしてどれくらいの件数で起こっているのでしょうか。

 

【日本における年間輸血数】
1年間に輸血を受ける患者数で報告されています。日本輸血・細胞治療学会の2009年の報告によれば、自己血輸血を含まない同種血輸血を受けた患者数は約103万人と予測されています。

 

【輸血に伴う合併症とその発生件数】
HIV
エホバの証人が輸血の合併症として取り上げる代表例ですね。ご存知の通り、HIVに感染して発症しエイズになると免疫が機能しなくなり、様々な感染症にかかって最終的には死亡します。治療薬は今のところなく、エイズが発症しないようにすることが主な治療法です。
記憶に新しいところでは去年の11月に、汚染された血液が輸血されて1人の方がHIVに感染した事件がありました。しかし実際のところこうした例は(発生すればニュースになるほど)きわめてまれです。少し古い情報ですが 、日本赤十字社の報告(2002年~2004年のデータ)によれば、4年に2人の献血者からHIV陽性の反応が出るそうです。それによる感染リスクは予測が困難なほど少ないです。

B型肝炎C型肝炎
これもよく言われる合併症の代表例です。主に血液を感染経路とするウイルス性の感染症です。肝炎が恐ろしいというより、進行すると起こる肝臓がんが最も恐れられるリスクです。この2つの感染症を根本的に治療する方法は今のところありません。
2012年のデータでは輸血によるB型肝炎として特定されたのは6件、C型肝炎は0件です。日赤の予測によれば、B型肝炎の感染リスクは34~45万本の輸血に対して1件、C型肝炎に至ってはHIVと同じく感染リスクの予測は困難です。

GVHD
血液に白血球細胞が混ざっていると、その白血球細胞が輸血された人の体を異物と見なして攻撃する合併症です。発症するとほぼ間違いなく助かりません。平成10年から輸血製剤に対して放射線照射が行われるようになり、それにより白血球細胞が死滅するため、平成12年以降、輸血後GVHDは全く起こっていません。

④ 輸血関連急性肺障害(TRALI)
輸血後6時間以内に肺に水がたまって呼吸不全をおこす合併症です。輸血合併症の中では比較的頻度の多い合併症です。発症頻度は輸血バッグ1本に対して0.01%~0.04%の割合です。2009年の発症件数は純粋にTRALIとして発症したのは24件です。死亡率は発症例の6~10%です。

⑤ ABO不適合輸血
これは医療過誤により起こります。要は患者の血液型と異なる血液を輸血したことによる合併症で、医療者次第で避けることができるものです。O型の血液を除き、異なる血液型の血液を輸血すると、抗原抗体反応により赤血球が破壊されます。2010年には13件の不適合輸血が発生し、そのうち2人の方が亡くなりました。

合併症によって比較対象や統計の年が異なるので単純に比較できませんが、日本における輸血後合併症は驚くほど少ないことがなんとなくお分かりいただけたでしょうか。

もちろん件数は少ないとはいえ、合併症を患った患者さんやそのご家族にとっては人生を変える出来事であり、非常に重大なことであると言えます。その点を考えると、合併症の件数が少ないからといって安易に輸血を勧めることができないことは確かです。

とはいえ、ここ日本においてのみ言えば、エホバの証人が主張するほど輸血のリスクは高くないと結論できると私は考えます。輸血を拒否することで避けられるリスクが、輸血を拒否することで命を失うリスクと釣り合うのかどうか、エホバの証人の主張の妥当性をぜひぜひ考えていただきたいと思います。

 

【輸血後合併症のリスクと他治療法のリスクとの比較】
さらに参考となる情報として、他の治療法との比較をみてみましょう。これも単純に比較できるものではないのですが、あくまでも輸血に伴うリスクがどれほどかを知る参考としてお読みいただければと思います。

たとえば輸血による主な合併症である血液型不適合輸血による死亡者数が年間約100万人に対し2人としましょう。その確率は0.0002%です。(あくまで分かりやすいように単純化した比較であり、統計的に正しい比較とはなりませんので、あしからず)

外科手術における死亡率と比較してみてください。
① 冠状動脈バイパス術(単独) 30日死亡率 1.6%(2008年)
② 肺がん手術 30日死亡率 0.4%(2006年)
食道がん手術 30日死亡率 1.2%(2008年)

さらに妊産婦死亡率との比較です。
① 妊産婦死亡者数 45人(2010年)
② 妊産婦死亡率 出生数10万に対し3.8人
つまり確率は0.0038%で先進国の中でも相当に低い数字とみなされており、実際には「限りなく0」と言われることがあります。

何度も言うようですが、輸血後合併症と単純に比較はできないものです。しかし、輸血によるリスクがいかに確率の低いものであるかはお分かりいただけたと思います。

結論として、エホバの証人は輸血による合併症リスクを過大に伝えているといえます。日本に限定していえば、エホバの証人の情報提供の仕方は不誠実と言わざるを得ません。

ただし、この記事はあくまで日本における統計を基にして考察しています。世界各国の輸血後合併症の統計も探したのですが、ネット上で見つけることはできませんでした。日本の医療のレベルは世界的にみてもかなり高いと言われているので、この結論に達したのかもしれません。去年は輸血によるHIV感染という痛ましい事件があったとはいえ、日本赤十字社による輸血の管理は非常にレベルが高く、日本における輸血によるリスクは世界的にみてかなり低いと言われています。

 

【参考文献】
・ 日本輸血・細胞治療学会「各地域における輸血管理体制と血液使用状況について」
日本赤十字社「輸血用血液製剤との関連性が高いと考えられた感染症例~2012年」
日本赤十字社「遡及調査および感染症報告の解析を基礎とした輸血後感染症のリスクについて」
・日本輸血・細胞治療学会 平成22年「輸血後GVHD対策小委員会報告」
日本赤十字社「輸血関連急性肺障害にご注意ください」
日本赤十字社赤十字血液センターに報告された非溶血性副作用~2009年」
・池田未和「輸血実施における不適合輸血防止と副作用観察の要点」
・ 日本胸部外科学会「本邦における過去10年間の手術件数の推移」
・ 日本産婦人科医会「平成22-24年妊産婦死亡」